昭和56年12月16日 報徳祭(若先生前講)
秋山誠治
お目出とうございました。
只今、報徳祭を奉仕させて頂きまして、その後に、只今、あれは6歳ですかね?光明の長女であります、たえ子が舞のおかげを頂きました。こう、見とって、こちらが感動させられるんですが、なぜなんでしょうか?結局、けらいがない。計らいが無いと言う事。それこそ、教えられた事をそのままに忠実に舞っている訳です。よく見せようとか、褒められようとか、言う計らいがないんですね。教えられた事をそのままに、素直に舞っておる。そこに、私共にあ言う感動と言うようなものが伝わって来るんではなかろうかと思わせて頂く訳です。今朝ほどから、親先生の御理解にありますように、お互い、本当に教えのひとつでも、身に付けさせて頂く努力をさせて頂かなければ、信心が何年、何十年続いても何にもならないと言う事です。
親先生が敗戦と言う、まぁ、ひとつの時代の流れを受けられました。それまでは、営々と築かれた財産、地位が一瞬にして無くされて北京より、こちらに引き揚げて来られる。それまでは、それこそ、信心とはお願いする事、おかげを頂く事だけが信心と思っておった事が、それこそ、人力の無力さを感じられて、それから、それこそ、信心に180度の転換をなさいました。これは、又、和賀心時代を読んで頂くと、そこの所がよく書いてありますけれども、今までは信心の・・・生活の為の信心であった。これからは、信心の為の生活である。信心の為にあれが有り、これがあると言う事に180度の転換をなさいました。所が、それから、右と願えば左、左と願えば右というような、それこそ、目も当てられない修行が次から次と重なって行った訳です。それこそ、1にも信心、2にも信心、3にも神様と言うような信心をして、尚、そう言う状態に置かれました。私は、ここの時に、あの、至りますのに、どの宗教家を見ましても、必ず、やっぱり、ひとつの天地の試練といいますか、壁に当たられる。所が、その壁に当たってどういう方向に行かれるかによって色んな宗教が生まれておると思うんです。けれども、親先生の場合、それこそ、あの修行もしてみた。この修行もしてみた。そして、尚且つ道が開けない。心が開けない。そこで、親先生が思い立たれたのが、もう、よし、右になろうが左になろうがその事はどうでもよいと、これからは、私に掛けられておる神様の願いが成就する為に一切を受けて行こうと言う決意をなさった。これが、いわゆる、今日の合楽理念の母体に成っておる訳です。お互い、そこの行き詰った時に、どう言う方向に進むかと言う事なんですけれども、私は今度の御本部参拝で、親先生が、奥城に座られた途端に、教祖の御声でというか、座られた途端に「世界一」と言うお声を頂かれたと言う事なんですけれども、私も、今、合楽理念を実験すればするほどですね。他の宗教を研究すればするほど、本当にこの合楽理念と言うのは前代未聞の宗教だ。その事をいよいよ思うわけですけれども、果たして、これ程しの大変なご信心が、どうして、合楽に神様が託されたのか?大坪総一郎と言う方をなぜ選ばれたのかなと言う不思議な思いにここ数日させて頂いているんです。それこそ、お釈迦様のように頭脳明晰であっただろうか?キリスト様のように溢れる様な愛が有っただろうか?それこそ、人が出来んような修行をなさっただろうか?違うんですね。お互い、そこの不思議さをひとつ思うて、只今から、それこそ前代未聞の教えを聞かせて頂きたいと思います。あー、この教えはうちの嫁に、うちの息子に聞かせようと、聞かせたらよかろうと言うような事じゃなくて、親先生の教えは私一人に下さるもんだな、あなた一人に下さる教えと思うて、只今から、御拝聴させて頂きたいと存じます。よろしくお願いします。